とますか日記 vol.10:濱川明日香が気になる「食」のこと、「命」のこと。

私たちのバリの家には畑があります。家は小さな平屋ですが、敷地は1000平米近くあり、庭がある暮らしがしたくてこの土地を選びました。

自分で育て、獲ったものの美味しさ、命そのもののエネルギーの高さを知ったのは21歳の頃、私の原体験であるサモアでの生活からです。食に限らず、水は井戸から汲み上げ、シャワーはないから海で水浴びをし、調理をしたければココナッツの皮を剥いで燃やす。

何から何まで自分でしなければ生きられない生活は、「生きる」ということ、「命」というものを教えてくれました。そしてそれは、想定外に、今までのどんな体験より楽しかったのです。「生きる」ことは、忙しかった!その忙しさで、私の体の細胞たちは、隅から隅まで喜んでいました

 

サモアから日本に帰国し、しばらくの間はクオリティ高い日本の美味しい食事に感動しっぱなしだったのですが、やがてサモアでの食事ほどの、食べ物にエネルギーを感じないことに気づいたのです。

それから、「食」のことが気になり始めました。農薬のこと、化学飼料で育つ家畜のこと、遺伝子組み換えのこと、一世代しか使われないF1のタネのこと、化学調味料のこと、添加物、防腐剤、レンジのこと、IHコンロのこと…。全部気になり、調べまくりました笑

その結果、食べ物が持つ「命」やエネルギーをそのまま頂くには、自分で作るしかない!という結論に至り、それ以来「食の自給自足」は、私の長年の夢の一つなのです。

 

 

私たちが口にする食べ物の多くに、「命」がない!?

 

人間は、地球から「命」をもらって生かされています。その「命」を、地球が与えてくれたそのままの状態で頂くことは、現代ではほとんどなくなってしまいました。

私たちはせっかくの「命」の多くを、排除したり、壊したりしてから食べています。つまり私たちの体は、命の循環しない食べ物を食べて、空腹を満たしているのです。

 

たとえば、お米

私たちの主食である白米は、精米する段階で、ビタミンやミネラルや食物繊維たっぷりな胚芽を取り除いています。

胚芽は本来芽を出す、「命」を宿すところです。玄米は水に浸すと芽が出ますが、精米されたお米を植えても、当然芽は出てきません。小麦粉もそう。精白する中で、色を白くするためにブリーチされていることもあります。私たちは主食であるお米から、わざわざ「命」を取り除いて、毎日食べているのです。

 

また、インドネシア人が食べているお米は、「Green Revolusion(緑の革命)米」という1960年代の農業革命によって作られたお米で、途上国の食糧不足を解決するために、人工的に、安く、短期間で、大量生産ができるように開発されたものです。かつてはこのお米が食糧難の回避に貢献しましたが、開発により栄養素は薄まり、かつこのお米を育てるには大量の農薬と化学肥料が必要です。

バリ島で無償助産院を運営するIMPACT HERO 2016 ロビン・リムは、「貧しい妊婦は、Green Revolution米と遺伝子組み換え大豆のみを食べていることが多く、へその緒が短く難産だったり、産後の大量出血に繋がったりするケースが多い」と言います。

これはロビンの経験に基づいた話ですが、ロビンは「ぜひこの因果関係を科学者に調べて欲しい」といつも言っています。遺伝子組み換えや大量生産米の健康への本当の影響は、充分に研究されていないからです。

 

 

私たちは子孫を残さない種を食べている

お米だけではありません。

自然界にもともとあったタネは、植えて花が咲いたら自然と受粉し実をつけ、次の世代へ命をつなぎ、人が手を加えなくても自然に命を循環させてきました。

昔のタネは一粒万倍といって、一粒のタネが1年後には一万粒に、2年目にはさらにそれが何倍にもなって…と無限の命につながっていましたしかし今世で売られているほとんどのタネが、F1種と言われる「一代限り」の種。

味や形を良くし、輸送もしやすくし、収穫量拡大のために成長もスピードアップさせ…と人間が都合のよいように人工的に他の品種と交配を重ねてできたのが今のタネです。

これらのタネは突然変異で雄しべを持たずに生まれたタネ(生物学的には遺伝子が異常な種で、人間でいうと「無精子症」)をベースに作られ、一世代限りしか使われません

一般的に手に入る野菜や果物の多くが、このタネから育ったものだそうですが、F1種のタネが普及し始めた頃から不妊症が急激に増えているのには相互関係があるのではないか、という見解もあります。真相はわかりませんが、年々男性の精子が減っているのは事実のようですヒトの精子、38年間で半減

 

 

便利な電子レンジのもう一つの側面

そして私たちは子孫を残さないタネから育った野菜と、命の部分である胚芽を取り除いたお米を、よく電子レンジで温めて食べています。コンビニのお弁当なんかはまさにそうです。さらに化学調味料や保存料のような添加物もふんだんに入っています。

電子レンジは、マイクロ波で食べ物の含む水の分子を激しく震わせて、その摩擦により食べ物を温めますが、その過程で水分子構造が壊れてしまう、という情報もあります。

分子構造が壊れてしまった水は、そもそも何者なのだろう、と思うことがありますが、一度電子レンジで加熱した水は、冷まして植物に与えても水道水と比べ育ちが悪かった、枯れてしまった、という実験結果もあります。

ただ、この実験結果の検証では、この結果が再現されたケースも、されなかったケースもあるので、本当のところはわかりません。

 

最終的には本能を信じるしかない!?

 

緑の革命や、遺伝子組み換え、F1のタネ、レンジなどは、私が現代の食に関して気になることのごく一部ですが、どれに関しても、ネットで調べても本当のところはよくわかりません。それらが悪いとする意見もあれば、反論する意見も世には多々あるからです。

そしてこれらの弊害の研究が充分に行われることも、あまり期待できません。結果によっては、産業や現代人の生活にとっても不都合なことになる可能性があるからです。

だからといって、今ある「常識」を鵜呑みにすることが良いとも思いません

「常識」を鵜呑みにし安心していたら、後になって手遅れになることもあります。現代の環境問題の多くがそうです。過去に「常識」が覆されたことは多々ありますし、食に限らず、「問うてみる」ことは、人類の発展に不可欠です。

と、そんな壮大なことを語ってみましたが、実は私がこれらを避けて暮らしたいのは、もっと直感的、感覚的、本能的な理由からです。

なぜなら、その方が美味しいから。
「命」をそのまま頂く「ライフスタイル」自体が気持ちが良いものだから。
そして、「命」を尊重し、地球からもらったそのままの形で頂くことが、私たちの心と体と生活を豊かにさせてくれるからです。

 

 

濱川家の畑は、心身の健康のバロメーター

というわけで、濱川家の畑では、FIではない従来からの「命」あるタネを、オーガニックで野菜を栽培しています。畑がうまく回っている時は、消費する野菜のうち、にんにく、玉ねぎ、じゃがいも以外の全てを自給しています。

畑仕事ができている時は、たくさん収穫した野菜を無駄にしないよう外食ができなくなります

たまには外食したいのに、「このトマトを食べないと悪くなってしまう!!!」と思うと、家で作るしかありません。毎日赤くなるトマトに焦って、トマトが迫ってくる夢を見ることもあります笑

でも家で料理をしていれば、化学調味料や添加物は使わないので、家族の健康は最高の状態を保つことができます

そんなときは、家族の心も健全です。畑仕事ができているということは、忙しい毎日の中に時間のゆとりを作れているということ。畑仕事は子供たちと一緒にするので、子供達も喜び、心が豊かな状態です。

化学調味料や添加物は感覚を鈍らせる、と言われますが、命のある野菜を浴びるように毎日食べていると、五感が驚くほど研ぎ澄まされていきます。体の細胞が喜び、その一つ一つが活性化され、最適な状態になっていくのが、体感としてわかるのです。

そして五感だけではなく、洞察力や直感力、判断力まで研ぎ澄まされていきます。去年初めてそれを体験した時は、その効果に驚愕でした。少し不思議に聞こえるかもしれませんが、今まで可能じゃなかったことが可能になり、人間が本来持つ潜在能力を少し垣間見た気がしました。

食べ物は、私たちの脳を刺激し、健康状態や心を作り、体質や性質、人格にも影響して、幸・不幸や運命までも左右していく力を持っています。人間の最適な状態は、心と体がとにかく喜んでいる状態なのですよね。

しかし、時間に余裕がなくて畑仕事ができず、あまり収穫できなければ、忙しさも相まって外食が増えます。そうすると栄養過多や偏りによって、家族の健康が崩れていきます。時間のなさによって畑だけでなく、子供たちの心も枯れ、家族もギスギスしてきます。

このように畑は、濱川家の心と体の健康のバロメータになっているのです。

 

 

You are what you eat.

心身ともに健康であれば、動物の本能として、自分の「命」を最適化するものに対する嗅覚が冴えているはず。基本的にはその嗅覚を信じて、自分の生活に必要な要素をとりいれ、必要ないものを排除していくので、自分に合うバランスを見極めるのが大事ですが、その嗅覚を磨ぎすますのにも、「食」は要です。

「You are what you eat.」と英語では言いますが、日本の「身土不二」の「人間の身体と土地は切り離せない」という考えとも通じるものがあります。

改めて身土不二を調べて初めて知りましたが、仏教では「身土不二」は、「身(今までの行為の結果)」と「土(身がよりどころにしている環境)」は切り離せない、ということで、「因果応報」、「世は人を映す鏡、人は世を写す鏡」と説明されることもあるそうです。
非常に納得です。なぜなら私自身も、自分に良くあること、人に良くあること、環境に良くあることは、全て同じ「地球を良くしていくこと」だと信じているからです。

地球は、生き物が他の生き物の命を頂き、その命を巡らせる「命の循環」を繰り返してきましたが、現代の人類はその自然の摂理に反した暮らしを営み、その結果が人間社会のあらゆるところに弊害として顕れている気がしてなりません。

それを見直すためには、まずは、一番身近な、自分の心、体、精神に良くあることから、始めてみると良いのかもしれません。

そんな思いでこだわりの生活をしていますが、とは言え多忙の毎日の中で、ガーデニングや畑に時間を割くことは容易いことではないですよね。

実際私も、全然思うようにできてはいないんです!

バランスをとるのに常に苦戦し、特に今年に入ってからは(今に始まった事ではないですが)、激務に追われ充分に畑にも子供達にも時間を作れていません
畑の知識もまだまだ未熟で、全ての野菜が同じ時に収穫期を迎え、そのあとめっきり、ということも多々あります泣 

それでもいつの日かバランスの良い生活をできることを目標に、できることからやっていくしかありません!精進します。

 

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