キャシー・ジェトニル=キジナー「マーシャル諸島から同じ島国の日本へ」@六本木ヒルズ
キャシーの母国・マーシャル諸島は、現在平均海抜が2m。
地球の平均気温がもし2度上昇すると、水没してしまうと想定されています。そのため、気温の上昇を1.5℃以内に抑えるようこれまで訴え続けてきましたが、その努力に反してIPCC(国連の気候変動に関する政府間パネル)は、地球の気温が2030年にも1.5℃上昇してしまうと警告しています。
故郷が水没する危機まで、あと12年。その危機が差し迫る中、私たちが暮らす日本で、私たちに向けて伝えたキャシーの切実な想いと怒りを聞いてください。
(以下キャシーによるスピーチの書き起こしです)
太平洋の環礁・マーシャル諸島
みなさん、こんにちは。
私はマーシャル諸島出身なので、私の話は最初から最後までマーシャル諸島のことばかりですが、しばらくお付き合いいただければ幸いです。
さて、最初にマーシャル諸島について、紹介したいと思います。マーシャル諸島はミクロネシアに位置し、先祖はカヌーに乗って何千年も前に島にやってきたと言われています。
サモアやハワイ島などの火山島とは異なり、環礁のサンゴの土で育つのはパンノキやタコノキ、ココヤシぐらいで、水源はなく飲料水は雨水を利用するしかありません。先祖たちがどうして厳しい環境のこの島を選んだのか、私にはわかりません。
植民地化と核実験の歴史を経て…
こんなに厳しい環境で、先祖たちはどうやって生き延びてきたか―。
それは、植民地となったからです。最初はドイツに、そして日本の植民地になった時代もありました。私の曾祖父は日本人ですし、日本人とマーシャル人の関係は第二次世界大戦が勃発するまではとても平和的でしたが、戦争が辛い経験を両国にもたらしました。
しかし戦後、アメリカが統治するようになり、不幸なことに事態は悪化しました。マーシャル諸島は核実験場となり、ビキニ環礁やエニウェトク環礁で60回以上も核実験が行われました。その1つの「ブラボー」は、ヒロシマに落とされた原爆の100倍の威力がありました。日本の皆さんは、この破壊力と被害がどれほどのものなのか、理解してくださると思います。
移住」を強いられた島民が失ったもの
核実験の影響は、身体的にも、精神的にも、文化的にも今日まで続いています。
たとえば核実験前までは、ビキニ環礁には国内でも最も優れたカヌー文化がありました。しかしその文化は失われています。なぜならビキニ環礁の島民は移住を強いられ、もう島の伝統を継承できないからです。
核実験で、何千年も続いた伝統文化までが失われたということは語られません。だからこそ私は、今直面している気候変動問題の影響をこの視点から皆さんに伝えたい。
移住を強いられるトラウマ、故郷や文化を失う辛さを経験した国民として、みなさんに思いを伝えたいのです。
マーシャル諸島が直面している気候変動の脅威
地球の温暖化が進めば、北極圏で氷が解けて海面が上昇し、マーシャル諸島は徐々に沈んでいきます。私は詩人として、この現実を詩で世界に発信しています。社会では、芸術や詩が大きな気づきを与えるきっかけになることもあるからです。
私たちの島にはすでに高潮が押し寄せ、海岸線や家や作物を飲み込んでいます。私のいとこの家も2016年の高潮で破壊されましたし、その家を建て直すために2年かかりました。
高潮だけでなく、干ばつも発生しています。もっともひどい干ばつはつい2年前のことで、人々は互いに水を奪い合い、当時、史上初の女性大統領に選ばれた私の母の最初の仕事も、干ばつによる国家緊急事態宣言の発令でした。
日本でも同じように自然災害が発生し、最近では西日本豪雨で200名以上が亡くなっていると聞いています。世界各国でも、様々な被害が発生しています。気候変動問題は、マーシャル諸島だけでなく、全人類に影響するのです。
海抜2Mの島国が生き残るために
マーシャル諸島は海抜わずか2mの環礁ですから、海面上昇に向けて特別な解決策を模索しなければなりません。しかし他国に植民地支配され、核実験場にされたこの国には、未来への解決策を生み出すインフラや技術が不足しています。
課題は山積みですが、私は国が希望を持っていること、そして気候変動問題で国際的にも発言力を増してきていることを誇りに思っています。
昨年亡くなったトニー・デブルム元外相は、パリで開催されたCOP21(第21回気候変動枠組条約締約国会議)で、島嶼国や欧州連合(EU)、米国など100カ国以上が連携し、合意する道筋を作りました。
彼は島嶼国が生き残るために、平均気温の上昇を1.5℃以内に抑えるよう先頭に立って主張してきました。気候変動問題では、ずっと「平均気温の上昇を2℃以内に」という論調がありましたが、2℃では私たちの島は水没してしまいます。
0.5℃の差は、ささやかな違いに見えるかもしれませんが、私たちにとってはそれは「生きるか死ぬか」の大きな違いなのです。
マーシャル諸島の若い世代に生まれる問題意識
この夏、私がマーシャル諸島に設立したNGOジョージクムは第2回気候変動会議を開催しました。私はジョージクムを代表し、若いパネリストたちの議事進行を行いましたが、この会議には次世代のリーダーたちが集まり、若い世代の彼らの話に私は大きな希望を感じました。
次世代のリーダーたちは、私たちの世代よりも自分たちの周囲で起きている問題と母国を脅かす地球規模の問題に、より強い問題意識を持って育っているのです。
それでも「悲劇」は、想像以上の早さで私たちを襲う…
その会議では、気候科学者のチップ・フレッチャー博士の講演も行いました。
講演で博士が「海面上昇が進み、海抜が1フィート(約30㎝)上昇すれば、マーシャル諸島の空港が水没する」と説明した時、会場がどよめきました。そんな酷い状況が、こんなに早く訪れる可能性があるとは誰一人想像していなかったからです。
そして博士は、「今の流れでは、平均気温の上昇を1.5℃以内に抑えられる可能性は低く、極めて難しい。マーシャル諸島はこの状況を受け入れ、人工島の建設を検討したほうがよい」と続けました。この島に住み続けたいならば、海抜を上げることを真剣に考えるしかないと。
その提案に私は激しく動揺し、衝撃を受けました。でもこれは私たちに残された新たな、そして唯一の選択肢のように思いました。
マーシャル諸島の二酸化炭素排出量は わずか0.00001%なのに
最近発表されたIPCC(国連の気候変動に関する政府間パネル)の報告では、「今のままの生活を続けていたら、2030年までに地球の平均気温は1.5℃上昇してしまう」と警告しています。正直にいうと、この報告に私は1.5℃以内に抑える闘いを諦めました。
世界の人々の行動で、何千年もの歴史がある島が水没していく…この事実に私の希望は粉々になっていったのです。
私たちの文化や人々は、この土地と深く結びついています。
水没してしまったら、島の伝統の歌や物語、慣習はどうなるのでしょうか。
私たちの文化はどうなるのでしょうか。
そして大切なサンゴ礁については、いうまでもありません。今でさえ海水温の上昇が原因で死滅し、石化が進んでいるのですから…。
マーシャル諸島の二酸化炭素排出量は、全世界のたった0.00001%です。それなのに、人工島という今まで想像もしたこともなければ、経済的にも到底負担できないような可能性を考えなければならない局面に立たされています。
モルジブやサウジアラビアの人工島プロジェクトには、何十億ドルもかかったそうです。29の環礁と1156の島々からなるマーシャル諸島を人工島にするには、想像もつかない費用がかかるでしょう。
しかし私たちは、二酸化炭素排出量が多い経済的に豊かな国に、この費用を負担してほしいと訴えることさえできないのです。
前には進まなければならない でも私たちには悲しむ時間が必要
講演の翌日、私は母と平均気温の上昇を1.5℃以下に抑えようと訴えるのを諦め、人工島の建設を真剣に検討することについて話し合いました。いつも現実的な母は、今回も率直にこういいました。
「それで、私たちにできることは何かしら?私たちは前に進まなければならないわ」
だから私は、こう答えたのです。
「そう、私たちは前に進まないと。でももし、1.5℃を諦めて人工島の建設にむけて舵を切るならば、この瞬間を心に刻まなければ。何千年もの歴史がある土地と文化を諦めることを、普通にやり過ごすなんてできない。1.5℃はパリ協定のために尽力したトニー・デブラムの遺産として、私が一緒に活動をしている若い世代にとって意味があった。1.5℃には大きな意味があったの」
前に進む必要があるのは、私も理解しています。革新的に考え、そして温暖化がもたらす未来に備えることが必要です。
でもその前に、私はこの瞬間を胸に刻みたい。この国にはそれしか選択肢が残されていないことを、深く悲しませてほしいのです。
今の島に暮し続ける―そんなささやかな未来にさえ希望を繋げないことは、科学も明らかにしています。今の世の中の流れを考えれば、私たちは最悪の事態を考えなければなりません。
人工島という新たな可能性に、未来への活路を見出す人もいます。でも、私にはまだこの可能性を受け入れる準備ができていません。私はまだ、私たちがこの選択肢を取らざるをえなかったことに深く悲しみ、怒りを感じているのです。
グリーンランドとマーシャル諸島 温暖化に直面する2つの民族からのメッセージ
会議が終わり、母と議論した数週間後、私は350.orgの仕事で、グリーンランドの先住民族の詩人とコラボレーションした動画を撮影するために、グリーンランドに行きました。
動画は、世界中の人々に気候変動問題のために立ち上がってもらう「Rise」というキャンペーン用でしたが、グリーンランドの氷床融解とマーシャル諸島の海面上昇、そして気候変動の影響に直面する2つの民族を繋ぐという目的もありました。
この動画を上映して私の話は終わりになりますが、その前に動画の詩の題材に選んだ言い伝えについて紹介しておきたいと思います。
2人の姉妹の言い伝えは、マーシャル諸島のウジャエ環礁に伝わる話で、2人はお互いのことが大好きで、2人でよく遊んでいました。ある日姉が波打ち際に近づき、貝殻を落としてしまったとき、不思議なことに突然彼女は石になってしまいました。
その石に近づき、姉が石になったと気づいた妹は自ら進んで自分の貝殻も落とし、石になりました。2人の姉妹の石は、今でも残っています。
この姉妹の話は、マーシャル諸島とグリーンランドを例えるのにぴったりだと思いました。動画制作を終えた今は、本当に彼女のことを姉妹のように思っています。
そしてこの話は、マーシャル諸島のやるせない思いを例えるためにもふさわしいと思いました。
マーシャル諸島では、石に永続性やその土地との結びつきを見出しているので、石にまつわる言い伝えがたくさんあります。永続性や土地との結びつきは、私が気候変動問題を考えるときに大切にしている考えでもあります。
最後に…
会場の皆さん。
ぜひマーシャル諸島にきて、石になる運命に選ばれたマーシャルの人々のために、皆さんの技術や経験を活かしてください。
私たちは植民地時代を生き抜き、核実験の被害を生き抜き、そして、気候変動の影響を生き抜こうとしています。でも私は、皆さんの助けがなければ、マーシャル諸島は生き抜けないと知っています。
私たちの島は、この先必ず襲いかかる温暖化を原因とした様々な災害を乗り越え、海面が上昇しても持ちこたえられるような都市をつくるための革新的な技術と科学を求めています。そしてマーシャル諸島の教訓は、日本も含め、私たちと同じ海岸線に囲まれた環境の島国に活かせます。気候変動は、この地球に住む私たち全員に必然的に影響しますから。
最後に、島から島へ、島国のマーシャル諸島から同じ島国の日本の皆さんにメッセージです。
海面が上昇するのをただ黙って見守るのではなく、気候変動問題に向かい一緒に立ち上がりましょう。
今日はありがとうございました。